盛岡から車で東に一時間半。北上山地の北縁にあるその現場は、訪れた朝、薄霧に包まれていた。林道を奥へ進むと、エンジン音が聞こえてくる。樹高 18m ほどのカラマツ林の中で、橙色の機械が、一本の木を抱えるように倒し、枝を払い、瞬時に四本の丸太に切り分けていた。
ICTハーベスタ — 立木をつかんで伐倒し、枝払いと玉切り(一定の長さに切り分ける作業)までを一台でこなす、林業の最重要機械である。オペレーターはキャビンの中で、レバーを軽く動かしながら、画面に表示される丸太の本数と材積を確認している。
いま、この木で材積 0.42 立米。樹種カラマツ、3 m 材が二本、4 m 材が一本。昔は、伐倒したあと、地面で巻尺当てて、ノートに書いて、夕方事務所で集計してた。今は、切った瞬間に、これが事務所のパソコンに飛んでる。— 中村さん(45 歳、社歴 22 年)
014,800 万円の機械、内訳
北上フォレストが 2023 年に導入したのは、欧州メーカー製のホイール式 ICTハーベスタ一台、フォワーダ(運搬機)一台、合計のセットだ。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ICTハーベスタ本体 | 約 3,500 万円 |
| フォワーダ | 約 1,800 万円 |
| 各種計測・通信オプション | 約 200 万円 |
| 教育研修・初期セットアップ | 約 100 万円 |
| 小計 | 約 5,600 万円 |
| 補助金(林野庁・県・市町村合計) | −約 1,600 万円 |
| 実質負担額 | 約 4,000〜4,800 万円 |
02三年で、生産性はどう変わったか
数字で見ると分かりやすい。
| 指標 | 導入前 (2022) | 導入後 3 年目 (2025) |
|---|---|---|
| 1 日あたり伐採量 | 約 25 m³/チーム | 約 80 m³/チーム |
| 1 m³ あたり人工数 | 0.42 人日 | 0.15 人日 |
| チーム編成 | 4 名 | 3 名 |
| 労災発生件数 | 年 1〜2 件 | 0 件(直近 24 ヶ月) |
生産性は約 3 倍、人工数は約 1/3。チェンソーで一本ずつ倒していた頃と比べると、一日あたりの伐採量で約 3 倍に達した。しかし、ここで注意したいのは、「3 倍速くなった」ではなく「3 倍の現場が必要になった」ということだ。機械は休まない。フル稼働させなければ、減価償却が追いつかない。北上フォレストは、初年度に近隣の森林組合や民間所有者と新しい施業契約を 12 件、追加で結んだ。
03「経済的に回収できる」のか — 検算
ここからが、研究所として一番大事なところだ。4,800 万円の実質負担を、何年で回収できるのか。佐々木氏に、回収シナリオを開示してもらった(数字は本人了承)。
ローン返済期間中(最初の 5 年)は、キャッシュフロー的にはほとんどトントンになる。しかしローン返済が終わる 6 年目以降、年 1,000 万円以上のキャッシュフロー改善が見込まれる。「機械の耐用年数が 10 〜 12 年。だから、6 年目から 10 年目までの 5 年間が、本当に儲ける期間」と佐々木氏は分析する。
研究所の判断:実質負担 4,800 万円規模の ICT 化は、年間 6,000 m³ 以上の継続出材が見込める事業者にとっては経済合理性がある。逆に言えば、これを下回る規模の事業者は、機械の自社保有よりも、近隣事業者との共同利用や、施業の受託に回るほうが合理的になる可能性が高い。
04三年経って、見えてきた限界
機械があれば全部解決、ではないんです。一番足りないのは、結局、山に詳しい若い人。機械を扱える、データを読める、補助金の書類が書ける、所有者と話せる。この四つを兼ね備えた人が、業界全体でほとんどいない。ハーベスタは買えば手に入る。でも、それを 10 年使い倒せる『次の世代の現場監督』は、買えないんです。— 佐々木氏(社長、52 歳)
研究所として、この声は重く受け止めたい。林業 DX は、技術導入の話であると同時に、「次の世代をどう育てるか」の話でもある。次の連載で、この問題を別の角度から追う。
取材:2026 年 4 月/岩手県内。「北上フォレスト」は取材先の希望により仮名としている。財務数値は本人の許諾を得て公開している。