人口 3,300 人の町が、林業 DX の最先端事例になっている。高知県・梼原町。町有林を中心に 1,500ha の J-クレジットを束ね、独自の森林クラウドを内製した町だ。担当している自治体職員、塚地ゆきさん(仮名・39 歳)の 12 か月を追った。
014 月:年度開始、机の上はまっさら
新年度。塚地さんの机の上には、3 つのフォルダがある。
- 「森林経営計画 — 私有林の更新」
- 「J-クレジット 第二期申請」
- 「森林クラウド v3 開発」
林業 DX 担当の予算が、ようやく独立予算化されたのが 2 年前。それまでは、農林課の「森林係」が片手間で扱う仕事だった。
「梼原は『森と暮らす町』を打ち出しているから、町長の理解がある。これが大きい」と塚地さんは話す。
025 月:林野庁ヒアリング、新補助金の説明
東京から林野庁の担当者が来る。新設された J-クレジット認証支援事業(巻 02 · 07 参照)の説明を受ける。
「梼原は前期で 1,500ha 認証を取ったので、第二期はもっと取りやすい」と国の担当。塚地さんは、書類作りの分量を計算しながら聞いている。「補助金が出ても、書類は減らない」のがリアル。
036 月:補助金申請の一次締切
林業イノベーション補助金の一次締切。梼原は、町内事業者 4 社の共同申請を町が取りまとめる形で出す。
申請書類:プロジェクト計画書 47 ページ、財務計画 22 ページ、データ提供協定 8 ページ。
「町が事業者に代わって書類を作る。これが小さな自治体にしかできない強みです」事業者単独では、これだけの書類を作る人手がない。塚地さんは 3 週間、休日返上で書いた。
047 月:採択発表、ガッツポーズと次の課題
採択された。共同申請の 4 社全員。
ただし、塚地さんの仕事はここからが本番。
- 採択通知書の確認
- 事業者ごとの予算配分
- 県・町の上乗せ補助の申請
- 機材選定の伴走(事業者単独だとぼったくられるケースがある)
「採択された後の 6 ヶ月、私はほとんど事業者の社員みたいに動いてます」
058 月:森林クラウド v3 設計レビュー
梼原は、町独自の森林クラウドを内製している。商用サービスでは「梼原ローカルな施業ルール」が表現できなかったからだ。
v3 の新機能:
- 自伐型林業の作業道台帳
- 林家所有図と相続登記の連携
- 集落営林の入会権管理(地域固有)
「外部のベンダーには、入会権の概念が分からない。これは地域でしか作れない」
開発予算は年 800 万円。エンジニアは町内の地域おこし協力隊員(元 Web 開発者)が 1 名と、近隣 IT 企業の伴走 2 名。
069 月:J-クレジット第二期、認証審査の山
J-クレジット第二期(さらに 800ha 追加)の妥当性確認に、第三者認証機関が町に来る。3 日間、現場と書類を突き合わせる。
「データが揃っていれば、3 日で終わる。揃っていなければ、3 ヶ月かかる」梼原は、ハーベスタの玉切りデータ、ドローン測量、森林クラウドの履歴が一気通貫で繋がっている。だから 3 日で終わる。
0710 月:県内自治体の視察ラッシュ
「梼原モデル」を学びに来る視察団が、月に 4 件。県内・全国の自治体職員、研究者、メディア。
「丁寧に説明することにしている。最初は『うちには無理』と言われる。でも、3 年計画なら、どこの町でもできる」
塚地さんが視察団に必ず話すこと:
- 「町長の理解」より「町長の継続」が大事(首長交代で全部潰れる事例多数)
- 「内製」より「カスタム交渉」が現実的(v1 は外注、v2 で内製化、というステップ)
- 「事業者と組む」前に「事業者を育てる」が必要
0811 月:補助金二次締切、別の事業者の駆け込み
11 月。別の事業者から「補助金、まだ間に合いますか」と相談。二次締切までに 3 週間。「無理めだけど、書きましょう」と塚地さんは引き受ける。
「梼原は、町の事業者を一社も取り残さないことを大事にしている。補助金は、競争じゃない、町の総合力です」
0912 月:年末のまとめ、次年度予算要求
予算要求のシーズン。塚地さんは、町の財政課に次年度予算を提出する。
- 森林 DX 予算:3,200 万円
- うち、人件費(自分の給料含む):1,800 万円
- 森林クラウド開発:800 万円
- 補助金活用伴走:400 万円
- 自治体間連携:200 万円
「林業 DX 予算は、ハードウェアじゃなくて、人と仕組みに 8 割使う。これが理解されないと、予算は取れない」
101 〜 3 月:年度末、データ提供と帳簿締め
事業者から集めた施業データを、林野庁・県のデータベースに送る。町の森林経営計画を更新する。J-クレジットの第二期売却を、地元金融機関と組んで実行する。
「12 ヶ月、ずっと走り続けてる感じはある。でも、この仕組みが回ると、町に毎年 4,000 万円のクレジット収入が入る。これが町の図書館を維持してる」
11結論:DX は、技術ではなく、人の話
研究所として、梼原の事例から引き出せる示唆を整理する。
- 担当者の継続:少なくとも 3 年は同じ人が担当しないと、ノウハウが蓄積しない
- 町長のコミット:5 年単位の絵を首長が描いていること
- 小さく始める:v1 は外注、v2 で部分内製、v3 で完全内製、というステップ
- 事業者を育てる:補助金申請ノウハウを、町が事業者に共有する文化
- 連携の文化:単独申請より共同申請のほうが、町全体の総合力が上がる
「梼原に学ぶ」とは、システムをコピーすることではなく、この組織文化と人の継続性を真似ることである。
取材:2026 年 3 月/高知県梼原町。「塚地ゆき」は仮名。発言・財務数値は本人と町の許諾を得て公開している。